さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは
富士の高嶺の鳴沢のごと
- 歌の意味
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共寝をしたのは玉を貫く紐ほどの短い間で、恋しく思うのは富士の高嶺の鳴沢のように激しい。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3358
詞書は前の歌に続き「相聞」
共寝のひとときは玉の緒のように短いのに、恋しさは富士の鳴沢のようにすさまじいとうたう歌である。短さと激しさを対句で並べ、富士の雄大な景を恋心の大きさに重ねている。
左注に二つの異伝を記す。或本の歌は「ま愛しみ寝らくはしけらくさ鳴らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ」とし、一本の歌は「逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも」とする。民謡として各地でうたい替えられていたことがうかがわれる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「さ寝らくは」の「らく」は「…すること」の意で、共寝したことはという。三句の「恋ふらくは」と対句をなす。
二句「玉の緒ばかり」は玉を貫く紐の短さで、ごく短い時間のたとえである。
三句「恋ふらくは」は初句と対をなし、短い逢瀬と長く激しい恋しさとを対比する。
四句「富士の高嶺の」は駿河国歌の結びとして再び富士を詠む。第三千三百五十五首からの富士の歌の最後にあたる。
結句「鳴沢のごと」は富士の山頂付近の、水音の激しい沢、または噴火の鳴動をいうとされる。「ごと」は「ごとし」の語幹で、比喩で結ぶ体言止めに近い形である。
さぬ:共寝をする
たまのを:玉を貫く紐。短いことのたとえ
なるさは:音を立てて流れる沢
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霞居る富士の山びに我が来なば いづち向きてか妹が嘆かむ
- 次の歌
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駿河の海おし辺に生ふる浜つづら 汝を頼み母に違ひぬ