- 歌の意味
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多くの島をめぐる足柄小舟のように、あちこち出歩くことが多いので、逢うことは遠のいているのだろう。心では思っているけれど。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3367
詞書は前の歌に続き「相聞」
多くの島々をめぐる足柄の小舟のように、あちこち通う所が多いから逢いに来なくなったのだろう、心では思っていると言うけれど、と相手の浮気をからかう女性の歌とされる。皮肉のきいた機知が民謡らしい。
相模国歌の一首である。足柄小舟は足柄山の木で造った舟とされ、軽く速い舟として知られていた。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「百づ島」は多くの島をいう。舟がめぐる島々を示し、相手の通う所が多いことを暗示する。
二句「足柄小舟」は足柄山の木で造った小舟である。初句と二句が「歩き多み」を導く序詞となる。
三句「歩き多み」の「歩き」は出歩くこと、「み」は理由で、出歩くところが多いのでの意である。
四句「目こそ離るらめ」の「目離る」は逢わなくなること、「こそ…らめ」は係り結びで、逢わなくなっているのだろうと推量する。
結句「心は思へど」は逆接で、心では思っているけれどと相手の言い分を受けて皮肉に結ぶ。四句と結句が倒置になっている。
あしがらをぶね:足柄山の木で造った小舟
めかる:逢わなくなる、疎遠になる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ま愛しみさ寝に我は行く鎌倉の 水無瀬川に潮満つなむか
- 次の歌
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あしがりの土肥の河内に出づる湯の よにもたよらに子ろが言はなくに