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あしがりの土肥の河内に出づる湯の
よにもたよらに子ろが言はなくに

歌の意味
足柄の土肥の河内に湧き出る湯がゆらゆらと揺れるように、決していいかげんにはあの子は言わないのに。
鑑賞
巻第十四 東歌 3368

詞書は前の歌に続き「相聞」
 足柄の土肥の谷に湧く湯のゆらめきに寄せて、恋人は決していいかげんなことを言う人ではないのに、と相手を信じる心をうたった歌である。温泉の湧く土地らしい序詞が印象的である。
 相模国歌の一首である。土肥の河内は現在の神奈川県湯河原町のあたりとされ、温泉を詠んだ古い例として知られる。
 作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。

 初句「あしがりの」の「あしがり」は「足柄」の東国方言である。本巻の第三千三百六十九首、第三千三百七十首、第三千四百三十一首、第三千四百三十二首も同じ初句で始まる。
 二句「土肥の河内に」の「土肥」は湯河原から真鶴にかけての古い地名、「河内」は川に沿った谷あいの地をいう。
 三句「出づる湯の」は湧き出る温泉で、初句からここまでがゆらゆら揺れる意の「たよら」を導く序詞である。
 四句「よにもたよらに」の「よにも」は決しての意、「たよらに」はゆらゆらと定まらないさまをいう。
 結句「子ろが言はなくに」の「なくに」は打消の詠嘆で、言わないのにという。相手を信じつつ、不安をのぞかせて結ぶ。

あしがり:「足柄」の東国方言
かふち:川に沿った谷あいの地
たよら:ゆらゆらと定まらないさま
出典
万葉集
前の歌
百づ島足柄小舟歩き多み 目こそ離るらめ心は思へど
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あしがりの麻万の小菅の菅枕 あぜかまかさむ子ろせ手枕