筑波嶺のをてもこのもに守部据ゑ
母い守れども魂ぞ会ひにける
- 歌の意味
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筑波山のあちらこちらに番人を置くように、母が見張っているけれども、魂は通い合ってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3393
詞書は前の歌に続き「相聞」
筑波山のあちこちに番人を置いて山を守るように、母が娘を見張っているけれども、二人の魂はすでに通い合ってしまったという歌である。母の監視を突き破る恋の力が、おおらかに表されている。
常陸国歌の一首である。娘の恋を母が見守り、また妨げるという構図は、駿河国歌の第三千三百五十九首など東歌に繰り返し見られる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「筑波嶺の」は筑波山で、常陸国歌の筑波山の歌の一つである。
二句「をてもこのもに」はあちらこちらにの意で、相模国歌の第三千三百六十一首の「足柄のをてもこのもに」と同じ句である。
三句「守部据ゑ」の「守部」は山などの番人で、「据ゑ」は配置しての意である。初句からここまでが「守れ」を導く序詞である。
四句「母い守れども」の「い」は強意の接頭語、「ども」は逆接である。
結句「魂ぞ会ひにける」の「魂」は心、魂で、「ぞ」の結びとして連体形「ける」で結ぶ。
もりへ:山などの番人
たま:たましい、心
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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筑波嶺の岩もとどろに落つる水 よにもたゆらに我が思はなくに
- 次の歌
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さ衣の小筑波嶺ろの山の崎 忘ら来ばこそ汝を懸けなはめ