稲つけばかかる我が手を今夜もか
殿の若子が取りて嘆かむ
- 歌の意味
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稲をつくのでひびやあかぎれのできた私の手を、今夜もまたお屋敷の若様が手に取って嘆かれるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3459
詞書は前の歌に続き「相聞」
稲をつく作業でひび割れた自分の手を、今夜もお屋敷の若様が取って、いたわしいと嘆くのだろうかとうたう女性の歌である。身分違いの恋と、労働に荒れた手への恥じらいとが入りまじった、東歌の代表作の一つとして知られる。
相聞の一首である。稲つきの作業中にうたわれた作業歌とみる説がある。雑歌の第三千四百三十八首にも「殿のなかち」と土地の有力者の子息が詠まれる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「稲つけば」は稲をつくのでの意で、臼で稲をつく労働をいう。
二句「かかる我が手を」の「かかる」はひびやあかぎれが切れる意で、荒れた手をいう。
三句「今夜もか」の「か」は疑問の係助詞で、結句の「む」と呼応する。
四句「殿の若子が」の「殿」は屋敷の主人、「若子」はその若い息子で、第三千四百三十八首の「殿のなかち」と同じく土地の有力者の子息である。
結句「取りて嘆かむ」の「嘆かむ」は「か」の結びとなる推量で、若様が嘆くだろうかと結ぶ。
かかる:ひびやあかぎれが切れる
わくご:若い息子、若様
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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汝背の子や等里の岡道しなかだ折れ 我を音し泣くよ息づくまでに
- 次の歌
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誰れぞこの屋の戸押そぶる新嘗に 我が背を遣りて斎ふこの戸を