誰れぞこの屋の戸押そぶる新嘗に
我が背を遣りて斎ふこの戸を
- 歌の意味
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誰だろう、この家の戸を押して揺するのは。新嘗の祭りで夫を外に出して、身を清めて慎んでいるこの戸を。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3460
詞書は前の歌に続き「相聞」
新嘗の夜、夫を外に出して身を清めて神を迎えているのに、家の戸を押し揺すって訪ねて来るのは誰かとうたう女性の歌である。神事の慎みと、それを破ろうとする訪問者との緊張が劇的に描かれている。
相聞の一首である。下総国歌の第三千三百八十六首にも新嘗の夜に恋人を戸の外に立たせる歌があり、東国の新嘗の夜の習俗を伝える。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「誰れぞこの」の「ぞ」は疑問の係助詞で、二句の連体形「る」と呼応する。
二句「屋の戸押そぶる」の「押そぶる」は押して揺すること、戸を叩くことをいう。二句切れである。
三句「新嘗に」は新米を神に供える祭りで、その夜は家の者が慎んで神を迎えた。
四句「我が背を遣りて」は夫を外に出しての意で、新嘗の夜には男が家を出ることがあったとされる。
結句「斎ふこの戸を」の「斎ふ」は身を清めて慎むことで、倒置によって二句の「戸」を説明して結ぶ。
おそぶる:押して揺する
にふなみ:新米を神に供える祭り
いはふ:身を清めて慎む
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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稲つけばかかる我が手を今夜もか 殿の若子が取りて嘆かむ
- 次の歌
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あぜと言へかさ寝に逢はなくにま日暮れて 宵なは来なに明けぬしだ来る