あり衣のさゑさゑしづみ家の妹に
物言はず来にて思ひ苦しも
- 歌の意味
-
衣ずれの音のように騒がしかったのがしずまり、家の妻に何も言わずに来てしまって、思いが苦しいことだ。
- 鑑賞
-
巻第十四 東歌 3481
詞書は前の歌に続き「相聞」
出立の騒ぎがしずまるなか、家の妻に言葉もかけずに旅立って来てしまい、今になって思いが苦しいとうたう歌である。別れの言葉を交わせなかった後悔が、旅の途上で胸を締めつけている。
左注に「柿本朝臣人麻呂歌集の中に出づ。上に見ゆること已に訖りぬ」とあり、巻四に人麻呂歌集の歌として類歌が収められている。巻四の歌は「珠衣のさゐさゐしづみ」で始まる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「あり衣の」の「あり衣」は美しい衣とされ、衣ずれの音から「さゑさゑ」を導く枕詞的な用法である。
二句「さゑさゑしづみ」の「さゑさゑ」は騒がしい音、「しづみ」は静まっての意である。
三句「家の妹に」は家にいる妻に、の意で、字余りの句である。
四句「物言はず来にて」は何も言わずに来てしまっての意で、八音の字余りである。
結句「思ひ苦しも」は思いが苦しいことよの意で、「も」は詠嘆である。
ありきぬ:美しい衣とされる
さゑさゑ:騒がしい音
しづむ:静まる
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
大君の命畏み愛し妹が 手枕離れ夜立ち来のかも
- 次の歌
-
韓衣裾のうち交へ逢はねども 異しき心を我が思はなくに