子持山若かへるでのもみつまで
寝もと我は思ふ汝はあどか思ふ
- 歌の意味
-
子持山の若い楓が紅葉するまで、ずっと共寝をしようと私は思う。お前はどう思うか。
- 鑑賞
-
巻第十四 東歌 3494
詞書は前の歌に続き「相聞」
子持山の楓の若葉が紅葉するまで、春から秋までずっと共寝をしていたいと思うが、お前はどう思うかと問いかける歌である。季節の移ろいを時の長さとし、率直に相手の気持ちを確かめている。
相聞の一首である。子持山は上野国の山で、現在の群馬県渋川市にある。若葉から紅葉への時の流れが鮮やかに詠まれ、東歌の秀歌として知られる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「子持山」は上野国の山で、現在の群馬県渋川市付近にある。
二句「若かへるでの」の「かへるで」は楓のことで、葉の形が蛙の手に似ることからいう。
三句「もみつまで」の「もみつ」は紅葉する意で、若葉から紅葉までの長い時をいう。
四句「寝もと我は思ふ」の「寝も」は「寝む」の東国方言で、六音の字余りである。四句切れである。
結句「汝はあどか思ふ」の「あど」はどうの意の東国方言で、四句の「我は思ふ」と対をなして相手に問いかける。字余りの句である。
かへるで:楓。葉の形が蛙の手に似ることから
もみつ:紅葉する
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
遅速も汝をこそ待ため向つ峰の 椎の小やで枝の逢ひは違はじ
- 次の歌
-
巌ろの沿ひの若松限りとや 君が来まさぬうらもとなくも