我が目妻人は放くれど朝顔の
としさへこごと我は離るがへ
- 歌の意味
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私のいとしい妻を、人は引き離そうとするけれど、朝顔の年を重ねても変わらないように、私は離れたりするものか。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3502
詞書は前の歌に続き「相聞」
愛する妻との仲を人が引き離そうとしても、自分は決して離れはしないと誓う歌である。周囲の反対に屈しない強い思いが、反語の結びで力強く表されている。
相聞の一首である。結句は上野国歌の第三千四百二十首「親は放くれど我は離るがへ」と同じで、引き離そうとする者と離れまいとする者の構図も共通する。三句と四句は難解で、解釈が定まらない。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「我が目妻」の「目妻」はいとしい妻、目にかける妻の意とされる。
二句「人は放くれど」は人は引き離そうとするけれどの意で、第三千四百二十首では「親は放くれど」とある。
三句「朝顔の」は「とし」にかかる枕詞とされるが、かかり方は未詳である。
四句「としさへこごと」は難解な句で、年を重ねても変わらないの意とする説などがある。
結句「我は離るがへ」の「がへ」は反語の東国方言で、第三千四百二十首と同じ結句である。
めづま:いとしい妻とされる
さく:引き離す
がへ:反語を表す東国方言
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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安波峰ろの峰ろ田に生はるたはみづら 引かばぬるぬる我を言な絶え
- 次の歌
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安齊可潟潮干のゆたに思へらば うけらが花の色に出めやも