芝付の御宇良崎なるねつこ草
相見ずあらば我れ恋ひめやも
- 歌の意味
-
芝付の御宇良崎にあるねつこ草のようなあの子に、もし逢わなかったなら、私はこれほど恋しく思っただろうか。
- 鑑賞
-
巻第十四 東歌 3508
詞書は前の歌に続き「相聞」
御宇良崎に生えるねつこ草のような娘に出逢わなければ、これほど恋に苦しむことはなかっただろうとうたう歌である。出逢ったことの喜びと、その結果の苦しみが、反語の結びに込められている。
相聞の一首である。御宇良崎は相模国の三浦半島の岬とする説がある。ねつこ草はオキナグサなどとする説がある。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「芝付の」は所在未詳の地名とされる。
二句「御宇良崎なる」は三浦の岬とする説があり、「なる」は所在を示す。
三句「ねつこ草」は草の名で、オキナグサとする説がある。「根」の音から「寝」を思わせるともいう。初句からここまでが序詞である。
四句「相見ずあらば」は逢わなかったならばの意で、字余りの句である。
結句「我れ恋ひめやも」の「めやも」は反語で、恋しく思っただろうか、いやそうはならなかったと結ぶ。
ねつこぐさ:草の名。オキナグサとする説がある
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
谷狭み峰に延ひたる玉葛 絶えむの心我が思はなくに
- 次の歌
-
栲衾白山風の寝なへども 子ろがおそきのあろこそえしも