我が面の忘れむしだは国はふり
嶺に立つ雲を見つつ偲はせ
- 歌の意味
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私の顔を忘れそうになった時には、国にわき上がり峰に立つ雲を見ながら、私をしのんでください。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3515
詞書は前の歌に続き「相聞」
旅立つ恋人に、私の顔を忘れそうになったら、国の峰に立つ雲を見て私をしのんでほしいと告げる女性の歌である。雲を形見とする発想に、遠く離れても思いを通わせたいという願いがこめられている。
相聞の一首で、雲の一連の六首目である。第三千五百二十首「面形の忘れむしだは大野ろにたなびく雲を見つつ偲はむ」と上の句がよく似ており、送る側と送られる側の立場で対をなす。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「我が面の」は私の顔の意で、別れる相手に呼びかける。
二句「忘れむしだは」の「しだ」は時の意の東国方言で、忘れそうな時にはの意である。第三千五百二十首と同じ句である。
三句「国はふり」の「はふり」は雲がわき上がる意とされ、国にわき上がりの意である。
四句「嶺に立つ雲を」は峰に立つ雲で、六音の字余りである。
結句「見つつ偲はせ」の「偲はせ」はしのんでくださいの意で、尊敬の命令で結ぶ。
しだ:時の意の東国方言
はふる:雲などがわき上がる意とされる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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高き嶺に雲のつくのす我れさへに 君につきなな高嶺と思ひて
- 次の歌
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対馬の嶺は下雲あらなふ可牟の嶺に たなびく雲を見つつ偲はも