沖に住も小鴨のもころ八尺鳥
息づく妹を置きて来のかも
- 歌の意味
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沖に住む小鴨のように、長い息をつく鳥のように、ため息をついている妻を置いて来てしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3527
詞書は前の歌に続き「相聞」
沖に住む小鴨が水に潜って長い息をつくように、別れを嘆いてため息をついていた妻を置いて旅立って来てしまったとうたう歌である。旅立ちの際の妻の姿が、水鳥の息づかいに重ねられて心に残っている。
相聞の一首で、水鳥の歌が続く。防人の出立の歌とする説がある。第三千三百八十八首にも「息づく君」の語が見える。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「沖に住も」の「住も」は「住む」の東国方言で、沖に住むの意である。
二句「小鴨のもころ」の「もころ」はのようにの意で、小鴨のようにという。
三句「八尺鳥」の「八尺鳥」は長い息をする鳥の意で、「息づく」にかかる枕詞である。
四句「息づく妹を」の「息づく」はため息をつくことで、第三千三百八十八首の「息づく君」と同じ語である。
結句「置きて来のかも」の「来の」は「来ぬ」の東国方言、「かも」は詠嘆である。
もころ:のように、同じように
やさかどり:長い息をする鳥。「息づく」にかかる枕詞
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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沼二つ通は鳥が巣我が心 二行くなもとなよ思はりそね
- 次の歌
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水鳥の立たむ装ひに妹のらに 物言はず来にて思ひかねつも