さを鹿の伏すや草むら見えずとも
子ろが金門よ行かくしえしも
- 歌の意味
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牡鹿が伏している草むらのように姿が見えなくても、あの子の家の門の前を通って行くのはうれしいことだ。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3530
詞書は前の歌に続き「相聞」
牡鹿が草むらに隠れて見えないように恋人の姿は見えなくても、その家の門の前を通るだけでうれしいとうたう歌である。姿は見えなくても近くを通るだけで満たされる、ささやかな恋の喜びが表されている。
相聞の一首で、第三千五百二十九首の兎に続いて鹿を詠む。結句の「えしも」は第三千五百九首の「あろこそえしも」と同じ語である。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「さを鹿の」は牡鹿で、「さ」は接頭語である。
二句「伏すや草むら」は牡鹿が伏している草むらで、姿が隠れて見えないことから三句を導く序詞である。
三句「見えずとも」は見えなくてもの意で、「とも」は逆接仮定である。
四句「子ろが金門よ」の「金門」は門、家の入り口で、「よ」は経由を表す。
結句「行かくしえしも」の「行かく」は行くこと、「えし」は「よし」の東国方言で、うれしいことよと結ぶ。
さをしか:牡鹿
かなと:門、家の入り口
えし:「よし」の東国方言
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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等夜の野に兎ねらはりをさをさも 寝なへ子ゆゑに母に嘖はえ
- 次の歌
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妹をこそ相見に来しか眉引きの 横山辺ろの獣なす思へる