多由比潟潮満ちわたるいづゆかも
愛しき背ろが我がり通はむ
- 歌の意味
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多由比潟に潮が一面に満ちている。どこを通って、いとしいあの人は私のもとへ通って来るのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3549
詞書は前の歌に続き「相聞」
多由比潟に潮が満ちて道がふさがれてしまったので、恋人はどこを通って自分のもとへ来るのだろうかと案じる女性の歌である。通い路を気づかう心に、待ちわびる思いがこめられている。
相聞の一首である。多由比潟は越前国の田結浦、現在の福井県敦賀市付近とする説がある。相模国歌の第三千三百六十六首の「水無瀬川に潮満つなむか」と同じく、満ち潮が恋の通い路を阻む。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「多由比潟」は所在未詳の干潟で、越前とする説がある。
二句「潮満ちわたる」は潮が一面に満ちているの意で、二句切れである。
三句「いづゆかも」の「いづゆ」はどこを通っての意、「かも」は疑問である。
四句「愛しき背ろが」の「背ろ」は恋人を親しんで呼ぶ東国方言で、第三千五百四十八首にも見える。
結句「我がり通はむ」の「我がり」は私のもとへの意、「む」は推量で、通って来るだろうかと結ぶ。
いづゆ:どこを通って
がり:人のいるところ、もと
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鳴る瀬ろにこつの寄すなすいとのきて 愛しけ背ろに人さへ寄すも
- 次の歌
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おしていなと稲は搗かねど波の穂の いたぶらしもよ昨夜ひとり寝て