逢はずして行かば惜しけむ麻久良我の
許我漕ぐ船に君も逢はぬかも
- 歌の意味
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逢わないで行ってしまったら残念だろう。麻久良我の許我を漕ぐ船で、あなたにも逢えないものだろうか。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3558
詞書は前の歌に続き「相聞」
逢わないまま行ってしまうのは残念だから、許我を漕ぐ船の上ででも恋人に逢えないものかと願う歌である。旅の途中の偶然の出逢いに望みをかける、はかない願いが表されている。
相聞の一首である。第三千五百五十五首に続いて「麻久良我の許我」を詠む。船旅の遊行女婦の歌とみる説もある。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「逢はずして」は逢わないでの意で、別れの場面を示す。
二句「行かば惜しけむ」は行ってしまったら残念だろうの意で、「けむ」は推量である。二句切れである。
三句「麻久良我の」は地名で、第三千四百四十九首、第三千五百五十五首にも見える。
四句「許我漕ぐ船に」は許我を漕ぐ船で、第三千五百五十五首の「許我の渡り」に続いて許我が詠まれる。
結句「君も逢はぬかも」の「ぬかも」は願望を表し、逢えないものだろうかと結ぶ。字余りの句である。
をし:残念だ、惜しい
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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悩ましけ人妻かもよ漕ぐ舟の 忘れはせなないや思ひ増すに
- 次の歌
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大船を舳ゆも艫ゆも堅めてし 許曽の里人あらはさめかも