古須気ろの浦吹く風のあどすすか
愛しけ子ろを思ひ過ごさむ
- 歌の意味
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古須気の浦を吹く風が吹き過ぎるように、どうしてあのいとしい子のことを思い過ごすことができようか。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3564
詞書は前の歌に続き「相聞」
古須気の浦を風が吹き過ぎていくように、いとしい恋人への思いをどうして過ぎ去らせることができようかとうたう歌である。吹き抜ける風と、消えることのない思いとが対比されている。
相聞の一首である。古須気は所在未詳の地名で、武蔵国の小菅、現在の東京都葛飾区付近とする説がある。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「古須気ろの」は所在未詳の地名で、「ろ」は東国方言の接尾語である。
二句「浦吹く風の」は浦を吹く風で、吹き過ぎることから「過ごさむ」を導く。初句と二句が序詞となる。
三句「あどすすか」の「あど」はどうしての意の東国方言、「すすか」は「せすか」にあたる難解な語とされる。
四句「愛しけ子ろを」の「愛しけ」は「愛しき」の東国方言である。
結句「思ひ過ごさむ」の「思ひ過ぐ」は思いを過ぎ去らせる、忘れることで、反語で結ぶ。
あど:どうしての意の東国方言
おもひすぐす:思いを過ぎ去らせる、忘れる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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比多潟の礒のわかめの立ち乱え 我をか待つなも昨夜も今夜も
- 次の歌
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かの子ろと寝ずやなりなむはだすすき 宇良野の山に月片寄るも