妹に逢はずあらばすべなみ岩根踏む
生駒の山を越えてぞ我が来る
- 歌の意味
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妻に逢わずにいてはどうしようもないので、岩を踏みしめながら生駒の山を越えて、私はやって来たのだ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3590
詞書は前の歌に続き「新羅に遣はさるる使人等、別れを悲しびて贈答し、また海路にして情を慟みて思ひを陳べ、并せて所に当りて誦する古歌」
前歌と同じく、生駒山を越えて妻に逢いに来たことを詠んだ歌である。前歌がひぐらしの鳴く夕暮れの山を描いたのに対し、本歌は岩を踏みしめる険しい山道を描き、逢わずにはいられない思いの強さを示している。左注に「右一首蹔還私家陳思」とあり、出発の準備の間にしばらく自宅へ帰って思いを述べた歌であることがわかる。作者の名は記されていない。
初句「妹に逢はず」 妻に逢わないでの意で、打消の「ず」が用いられる。
二句「あらばすべなみ」 「すべ」は方法、「なみ」は形容詞「なし」に「み」がついたミ語法で、どうしようもないのでの意となる。
三句「岩根踏む」 「岩根」は大地に根を張ったような大きな岩で、険しい山道を踏みしめて行くさまを表す。
四句「生駒の山を」 前歌第三千五百八十九首の「生駒山」と同じ山で、二首が同じ山越えを詠んでいる。
結句「越えてぞ我が来る」 前歌の四句と同じ句で、「ぞ」と連体形「来る」の係り結びとなっている。前歌では倒置された四句であったものが、本歌では結句に置かれ、二首が句の位置を変えて響き合っている。
すべ:方法、手段
いはね:大地に根を張ったような大きな岩
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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夕さればひぐらし来鳴く生駒山 越えてぞ我が来る妹が目を欲り
- 次の歌
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妹とありし時はあれども別れては 衣手寒きものにぞありける