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海原に浮寝せむ夜は沖つ風
いたくな吹きそ妹もあらなくに

歌の意味
海原で船に浮かんで寝る夜は、沖の風よ、ひどく吹かないでおくれ。妻もそばにいないのだから。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3592

詞書は前の歌に続き「新羅に遣はさるる使人等、別れを悲しびて贈答し、また海路にして情を慟みて思ひを陳べ、并せて所に当りて誦する古歌」
 これから始まる船旅の夜を思い、沖の風に激しく吹かないでくれと呼びかけた歌である。風の冷たさをしのぐ妻のぬくもりがないことを、結句で理由として添えている。のちに風速の浦で詠まれた本巻の第三千六百十六首では、逆に沖の風が強く吹けば妻の嘆きの霧に包まれるのにと願っており、同じ沖の風に対する願いが反転した構図となっている。
 左注に「右三首臨發之時作歌」とあり、本巻の第三千五百九十一首から第三千五百九十三首までの三首は、いよいよ出発に臨んだ時の作である。作者の名は記されていない。

 初句「海原に」 広々とした海の上での意である。
 二句「浮寝せむ夜は」 「浮寝」は船の上で波に浮かんで寝ることで、「む」は推量の助動詞の連体形である。
 三句「沖つ風」 「つ」は連体を表す古い格助詞で、沖から吹く風の意。ここで風に呼びかけている。
 四句「いたくな吹きそ」 「な〜そ」は禁止を表し、ひどく吹かないでくれの意。ここで切れる四句切れの歌である。
 結句「妹もあらなくに」 「なく」は打消の「ず」のク語法、「に」は詠嘆で、妻もいないのにの意。同じ結句が帰途の家島で詠まれた本巻の第三千七百十八首にも見え、往路と帰路で妻のいない嘆きが呼応している。

うなはら:広々とした海
うきね:船の上で波に浮かんで寝ること
出典
万葉集
前の歌
妹とありし時はあれども別れては 衣手寒きものにぞありける
次の歌
大伴の御津に船乗り漕ぎ出ては いづれの島に廬りせむ我れ