我妹子が形見に見むを印南都麻
白波高み外にかも見む
- 歌の意味
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いとしい妻の形見として見ようと思うのに、印南都麻は白波が高いので、よそながら遠くに見るだけなのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3596
詞書は前の歌に続き「新羅に遣はさるる使人等、別れを悲しびて贈答し、また海路にして情を慟みて思ひを陳べ、并せて所に当りて誦する古歌」
印南都麻という地名の「つま」に「妻」を重ね、妻の形見として近くで見たいのに、白波が高くて遠くから見るしかないと嘆いた歌である。地名に恋しい人を重ねる発想は旅の歌によく見られ、行き過ぎるほかない船旅の身の上を映している。印南都麻は播磨国の加古川河口付近にあった島と考えられている。
左注に「右八首乗船入海路上作歌」とあり、本巻の第三千五百九十四首から第三千六百一首までの八首は、船に乗って海路に入ってからの作である。作者の名は記されていない。
初句「我妹子が」 「我妹子」はいとしい妻を親しんで呼ぶ語である。
二句「形見に見むを」 「形見」は離れた人をしのぶよすがとなるもの。「を」は逆接で、形見として見ようと思うのにの意である。
三句「印南都麻」 播磨国の加古川河口付近にあった島で、「つま」が「妻」に通じることから、二句の形見の対象とされている。
四句「白波高み」 「高み」は形容詞「高し」の語幹に「み」がついたミ語法で、白波が高いのでの意となる。
結句「外にかも見む」 「外」は無関係な所、遠く離れた所の意で、「かも」は疑問を含む詠嘆である。近寄れないもどかしさを表している。
かたみ:離れた人をしのぶよすがとなるもの
いなみつま:播磨国の加古川河口付近にあった島、「つま」が「妻」に通じる
よそ:遠く離れた所、無関係な所
- 出典
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万葉集
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朝開き漕ぎ出て来れば武庫の浦の 潮干の潟に鶴が声すも
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わたつみの沖つ白波立ち来らし 海人娘子ども島隠る見ゆ