わたつみの沖つ白波立ち来らし
海人娘子ども島隠る見ゆ
- 歌の意味
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海の沖の白波が立ってくるらしい。海人の娘たちが島陰に隠れていくのが見える。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3597
詞書は前の歌に続き「新羅に遣はさるる使人等、別れを悲しびて贈答し、また海路にして情を慟みて思ひを陳べ、并せて所に当りて誦する古歌」
海人の娘たちが島陰に隠れていくのを見て、沖に白波が立ってくるのだろうと推し量った叙景の歌である。海に暮らす人々の動きから天候の変化を知るという、船旅ならではの観察が詠まれている。沖の白波の来るのを推量する発想は、筑紫に着いてからの本巻の第三千六百五十四首「沖つ白波立ちし来らしも」にも見える。
左注に「右八首乗船入海路上作歌」とあり、本巻の第三千五百九十四首から第三千六百一首までの八首は、船に乗って海路に入ってからの作である。作者の名は記されていない。
初句「わたつみの」 「わたつみ」は海の神のことで、転じて海そのものを指す。
二句「沖つ白波」 「つ」は連体を表す古い格助詞で、沖に立つ白波の意である。
三句「立ち来らし」 「らし」は根拠のある推定の助動詞で、白波が立ってくるらしいの意。ここで切れる三句切れの歌である。
四句「海人娘子ども」 海で漁をする家の娘たちで、「ども」は複数を表す。
結句「島隠る見ゆ」 「島隠る」は島陰に隠れる意で、「見ゆ」の前に終止形が置かれる古い語法である。この光景が三句の推定の根拠となっている。
わたつみ:海の神、転じて海
あまをとめ:海で漁をする家の娘
しまがくる:島陰に隠れる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子が形見に見むを印南都麻 白波高み外にかも見む
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ぬばたまの夜は明けぬらし玉の浦に あさりする鶴鳴き渡るなり