古典和歌stream

わたつみの海に出でたる飾磨川
絶えむ日にこそ我が恋やまめ

歌の意味
大海へと流れ出ている飾磨川、その流れが絶える日にこそ、私の恋はやむだろう。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3605

詞書は前の歌に続き「所に当りて誦詠する古歌」
 海へ流れ出る飾磨川の流れが絶える日が来たら、そのときこそ自分の恋もやむだろうと詠んだ恋の歌である。絶えることのない川の流れを引き合いに出し、恋が決して終わらないことを誓っている。飾磨川は播磨国の川で、現在の兵庫県姫路市を流れる船場川とされ、一行の航路にあたる土地の歌として誦されたと考えられる。左注「右三首戀歌」の最後の一首である。
 詞書によれば、本巻の第三千六百二首から第三千六百十首までは、一行が旅の途中でその場にふさわしいとして口ずさんだ古歌である。自作ではない歌も旅の歌群に取りこまれており、当時の人々が古歌をどのように共有し、場に応じて歌い替えていたかを示している。

 初句「わたつみの」 「わたつみ」は海の神のことで、ここでは「海」を導く語として用いられている。
 二句「海に出でたる」 「たる」は完了の助動詞「たり」の連体形で、海へと流れ出ているの意である。
 三句「飾磨川」 播磨国の川で、現在の姫路市の船場川とされる。初句からここまでが、絶えることのない川の流れを示す。
 四句「絶えむ日にこそ」 「こそ」は係助詞で、結句の已然形「やまめ」と係り結びをなす。川の流れが絶えるというありえない日を条件としている。
 結句「我が恋やまめ」 「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、四句の「こそ」を受けて、そのときこそ恋はやむだろうと結ぶ。裏返せば恋は決して絶えないという誓いになっている。

わたつみ:海の神、転じて海
出典
万葉集
前の歌
妹が袖別れて久になりぬれど 一日も妹を忘れて思へや
次の歌
玉藻刈る処女を過ぎて夏草の 野島が崎に廬りす我れは