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天離る鄙の長道を恋ひ来れば
明石の門より家のあたり見ゆ

歌の意味
遠い田舎からの長い道のりを、都を恋しく思いながらやって来ると、明石の海峡から家のあたりが見える。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3608

詞書は前の歌に続き「所に当りて誦詠する古歌」
 遠い地方からの長い旅路を家を恋しく思いながら来ると、明石の海峡から家のあたりが見えると詠んだ歌である。左注によれば、人麻呂の歌では結句が「大和島見ゆ」となっており、巻第三の第二百五十五首にあたる。人麻呂の歌は地方から都へ帰る旅の歌であるが、一行はこれから西へ向かう往路でこの古歌を口ずさんでおり、遠ざかる家の方角を振り返る望郷の歌として歌い替えたものと考えられる。
 作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に宮廷歌人として活躍した万葉集を代表する歌人で、旅の歌や挽歌にすぐれた作を多く残した。本歌は人麻呂の歌が一行によって歌い替えられたかたちで伝わったものである。
 詞書によれば、本巻の第三千六百二首から第三千六百十首までは、一行が旅の途中でその場にふさわしいとして口ずさんだ古歌である。自作ではない歌も旅の歌群に取りこまれており、当時の人々が古歌をどのように共有し、場に応じて歌い替えていたかを示している。

 初句「天離る」 天の果てのように遠く離れている意で、「鄙」にかかる枕詞である。
 二句「鄙の長道を」 「鄙」は都から遠く離れた地方、「長道」は長い道のりのことである。人麻呂の歌では「鄙の長道ゆ」となっている。
 三句「恋ひ来れば」 家や都を恋しく思いながらやって来るとの意で、確定条件を表す。
 四句「明石の門より」 「門」は海峡のことで、明石海峡を指す。ここから淡路島越しに東の方角が開ける。
 結句「家のあたり見ゆ」 家のあるあたりが見えるの意。人麻呂の歌では「大和島見ゆ」で、大和の山々を島に見立てている。

あまざかる:「鄙」にかかる枕詞
ひな:都から遠く離れた地方
ながち:長い道のり
と:門、海峡
作者
柿本人麻呂(異伝)
出典
万葉集
前の歌
白栲の藤江の浦に漁りする 海人とや見らむ旅行く我れを
次の歌
武庫の海の庭よくあらし漁りする 海人の釣舟波の上ゆ見ゆ