武庫の海の庭よくあらし漁りする
海人の釣舟波の上ゆ見ゆ
- 歌の意味
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武庫の海の海面は穏やかであるらしい。漁をする海人の釣り船が、波の上に見える。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3609
詞書は前の歌に続き「所に当りて誦詠する古歌」
海人の釣り船が波の上に出ているのを見て、武庫の海が穏やかであるらしいと推し量った叙景の歌である。海の穏やかさを土地のめでたさとしてたたえる響きもある。左注によれば、人麻呂の歌では初句が「笥飯の海の」、四句と結句が「刈り薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船」となっており、巻第三の第二百五十六首にあたる。一行は淡路の笥飯の海を詠んだ歌を、自分たちの通る武庫の海に置き換えて誦している。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に宮廷歌人として活躍した万葉集を代表する歌人で、旅の歌や挽歌にすぐれた作を多く残した。本歌は人麻呂の歌が一行によって歌い替えられたかたちで伝わったものである。
詞書によれば、本巻の第三千六百二首から第三千六百十首までは、一行が旅の途中でその場にふさわしいとして口ずさんだ古歌である。自作ではない歌も旅の歌群に取りこまれており、当時の人々が古歌をどのように共有し、場に応じて歌い替えていたかを示している。
初句「武庫の海の」 摂津国の武庫の海で、巻頭の第三千五百七十八首や本巻の第三千五百九十五首にも詠まれた武庫の浦の沖である。人麻呂の歌では「笥飯の海の」となっている。
二句「庭よくあらし」 「庭」は漁などの作業をする場で、ここでは海面のこと。「らし」は根拠のある推定で、海面が穏やかであるらしいの意。ここで切れる二句切れである。
三句「漁りする」 魚や貝をとる、漁をするの意である。
四句「海人の釣舟」 海人の乗る釣り船で、人麻呂の歌ではこれが結句に置かれ、体言止めとなっている。
結句「波の上ゆ見ゆ」 「ゆ」は場所を表す格助詞で、波の上に見えるの意。この光景が二句の推定の根拠である。
には:漁などの作業をする場、ここでは海面
いざる:魚や貝をとる、漁をする
つりぶね:魚を釣る小舟
- 作者
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柿本人麻呂(異伝)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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天離る鄙の長道を恋ひ来れば 明石の門より家のあたり見ゆ
- 次の歌
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安胡の浦に舟乗りすらむ娘子らが 赤裳の裾に潮満つらむか