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安胡の浦に舟乗りすらむ娘子らが
赤裳の裾に潮満つらむか

歌の意味
安胡の浦で舟遊びをしているであろう娘子たちの、赤い裳の裾に、今ごろ潮が満ちて濡れていることだろうか。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3610

詞書は前の歌に続き「所に当りて誦詠する古歌」
 遠く安胡の浦で舟遊びをしているであろう娘子たちの、赤い裳の裾に潮が満ちているだろうかと思いやった歌である。左注によれば、人麻呂の歌では初句が「嗚呼見の浦」、四句が「玉裳の裾に」となっており、巻第一の第四十首にあたる。人麻呂の歌は持統天皇の伊勢行幸の際に都にとどまって行幸先の華やぎを思いやったものであり、一行はこれを旅先から都の人々を思う歌として誦したと考えられる。
 作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に宮廷歌人として活躍した万葉集を代表する歌人で、旅の歌や挽歌にすぐれた作を多く残した。本歌は人麻呂の歌が一行によって歌い替えられたかたちで伝わったものである。
 詞書によれば、本巻の第三千六百二首から第三千六百十首までは、一行が旅の途中でその場にふさわしいとして口ずさんだ古歌である。自作ではない歌も旅の歌群に取りこまれており、当時の人々が古歌をどのように共有し、場に応じて歌い替えていたかを示している。

 初句「安胡の浦に」 安胡の浦の所在は諸説あり、志摩の英虞湾とする説などがある。人麻呂の歌では「嗚呼見の浦」となっている。
 二句「舟乗りすらむ」 「らむ」は目の前にない現在の事柄を推量する助動詞で、舟に乗っているだろうの意である。
 三句「娘子らが」 「ら」は複数を表し、舟遊びをする若い女性たちを指す。
 四句「赤裳の裾に」 「裳」は腰から下にまとう衣で、赤い裳は宮廷の女性の装いを思わせる。人麻呂の歌では「玉裳の裾に」となっている。
 結句「潮満つらむか」 「らむか」は現在推量に疑問を添えたもので、今ごろ潮が満ちて裾を濡らしているだろうかと思いやって結ぶ。

も:裳、腰から下にまとう衣
ふなのり:舟に乗ること
作者
柿本人麻呂(異伝)
出典
万葉集
前の歌
武庫の海の庭よくあらし漁りする 海人の釣舟波の上ゆ見ゆ
次の歌
大船に真楫しじ貫き海原を 漕ぎ出て渡る月人壮士