恋繁み慰めかねてひぐらしの
鳴く島蔭に廬りするかも
- 歌の意味
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恋しさがつのって心を慰めることもできないまま、ひぐらしの鳴く島陰で仮の宿りをしていることだ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3620
詞書は前の歌に続き「安芸国の長門の島にして磯辺に船泊まりして作る歌五首」
恋しさがつのって慰めようもないまま、ひぐらしの鳴く島陰で仮寝をしていると詠んだ歌である。夕暮れに鳴くひぐらしの声が、旅寝の寂しさと妻への恋しさをいっそうかき立てている。ひぐらしは、出発前に妻のもとへ通った生駒山の夕暮れを詠んだ本巻の第三千五百八十九首にも鳴いており、妻のもとへ向かった日と遠く離れた今とを結ぶ景物となっている。
詞書によれば、安芸国の長門の島の磯辺に船を泊めて作った五首の一つである。長門の島は現在の広島県呉市の倉橋島とされる。五首のうち左注に作者が記されるのは最初の一首のみで、本歌の作者の名は記されていない。
初句「恋繁み」 「繁み」は形容詞「繁し」の語幹に「み」がついたミ語法で、恋しさがしきりにつのるのでの意である。
二句「慰めかねて」 「かぬ」はできない意で、心を慰めることができないでの意である。
三句「ひぐらしの」 夕暮れにカナカナと鳴く蝉で、本巻の第三千五百八十九首にも詠まれた景物である。
四句「鳴く島蔭に」 ひぐらしが鳴いている島の陰で、船を泊めた場所である。
結句「廬りするかも」 「廬り」は仮小屋を作って宿ること、「かも」は詠嘆で、仮の宿りをしていることだと結ぶ。
なぐさむ:心を晴らす、慰める
しまかげ:島の陰
いほる:仮小屋を作って宿る
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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磯の間ゆたぎつ山川絶えずあらば またも相見む秋かたまけて
- 次の歌
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我が命を長門の島の小松原 幾代を経てか神さびわたる