玉の浦の沖つ白玉拾へれど
またぞ置きつる見る人をなみ
- 歌の意味
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玉の浦の沖の白玉を拾ったけれども、また置いてきてしまった。見せる人がいないので。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3628
詞書は前の歌に続き「物に属けて思ひを発す歌一首并せて短歌」
玉の浦の沖の白玉を拾ったものの、見せる人がいないので、また置いてきてしまったと詠んだ歌である。長歌の結びをそのまま短く言い直し、美しい玉を手にしながら喜びを分かち合う妻のいない寂しさを訴えている。長井の浦で詠まれた本巻の第三千六百十四首では、帰るときに妻に見せようと白玉を拾っていこうと詠んでおり、同じ「沖つ白玉」をめぐって願いと失望とが対をなしている。
詞書によれば、物に寄せて思いを述べた長歌、本巻の第三千六百二十七首に添えられた反歌二首の一つである。長歌は難波の御津を出てから玉の浦に至るまでの船旅をたどり、玉の浦で拾った玉を妻に贈ろうにも使いがないので置いてきたと結ばれる。作者の名は記されていない。
初句「玉の浦の」 備中国の玉の浦で、本巻の第三千五百九十八首にも詠まれた地である。玉の名をもつ浦で白玉を拾うという取り合わせになっている。
二句「沖つ白玉」 沖の白く美しい玉、真珠のことで、本巻の第三千六百十四首の四句と同じ語である。
三句「拾へれど」 「拾ふ」は「ひりふ」と読む。「れ」は存続の助動詞「り」の已然形で、拾ったけれどもの意となる。
四句「またぞ置きつる」 「ぞ」は係助詞で、結びは連体形「つる」となる係り結びである。また元の所に置いてきたの意。ここで切れる四句切れとなっている。
結句「見る人をなみ」 「を〜み」は理由を表す語法で、見る人がいないのでの意。四句と倒置になっており、置いてきた理由を最後に明かしている。
しらたま:白く美しい玉、真珠
ひりふ:拾う
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鶴が鳴き葦辺をさして飛び渡る あなたづたづしひとりさ寝れば
- 次の歌
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秋さらば我が船泊てむ忘れ貝 寄せ来て置けれ沖つ白波