妹が家路近くありせば見れど飽かぬ
麻里布の浦を見せましものを
- 歌の意味
-
妻の家への道がもっと近かったなら、見ても見飽きないこの麻里布の浦を見せてやるのに。
- 鑑賞
-
巻第十五 遣新羅使人歌 3635
詞書は前の歌に続き「周防国玖河郡の麻里布の浦を行く時に作る歌八首」
妻の家が近ければ、見飽きることのない麻里布の浦を見せてやれるのにと詠んだ歌である。美しい景色を前にして、それを分かち合いたい妻が遠くにいることを嘆いている。美しいものを妻に見せたいという思いは、本巻の第三千六百十四首や第三千六百二十八首の白玉の歌にも通じ、旅の歌群に繰り返される心情である。「見れど飽かぬ麻里布の浦」は一連の第三千六百三十首と同じ表現である。
詞書によれば、周防国玖河郡の麻里布の浦を行く時に作った八首の一つである。麻里布の浦は現在の山口県岩国市の海岸とされる。作者の名は記されていない。
初句「妹が家路」 「家路」は家へ向かう道のことで、妻の住む家への道のりである。六音の字余りとなっている。
二句「近くありせば」 「せ」は過去の助動詞「き」の未然形とされ、「せば」は結句の「まし」と呼応する反実仮想の条件である。
三句「見れど飽かぬ」 見ても見飽きないの意で、本巻の第三千六百三十首の三句と同じく六音の字余りである。
四句「麻里布の浦を」 周防国の麻里布の浦で、八首を通じて賛美される浦である。
結句「見せましものを」 「まし」は反実仮想、「ものを」は逆接を含む詠嘆で、見せてやるのにと残念がって結ぶ。
いへぢ:家へ向かう道
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
筑紫道の可太の大島しましくも 見ねば恋しき妹を置きて来ぬ
- 次の歌
-
家人は帰り早来と伊波比島 斎ひ待つらむ旅行く我れを