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浦廻より漕ぎ来し船を風早み
沖つみ浦に宿りするかも

歌の意味
浦に沿って漕いで来た船なのに、風が激しいので、沖合の浦に宿りをすることだ。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3646

詞書は前の歌に続き「佐婆の海中にして、たちまちに逆風に遭ひ、漲ふ浪に漂流す。経宿して後に、幸ひに順風を得て、豊前国下毛郡の分間の浦に到着す。ここに艱難を追ひて怛み、悽惆して作る八首」
 岸の浦に沿って漕いできた船が、激しい風のために沖の浦に泊まることになったと詠んだ歌である。本来は陸に近い浦を伝って進む航路を、逆風によって外れてしまった不安が表されている。岸から遠い場所での宿りは、前歌の「沖にや住まむ」という嘆きを具体的な状況として示すものとなっている。
 詞書によれば、周防国の佐婆の海で突然逆風に遭って漂流し、一夜を経て順風を得て豊前国下毛郡の分間の浦にたどり着いた一行が、その苦難を思い返して作った八首の一つである。佐婆の海は現在の山口県防府市の沖、分間の浦は大分県中津市付近とされる。八首のうち作者が記されるのは最初の一首のみで、本歌の作者の名は記されていない。

 初句「浦廻より」 「浦廻」は浦のめぐりのことで、岸の浦々に沿っての意である。
 二句「漕ぎ来し船を」 「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「を」は逆接的で、漕いで来た船なのにの意である。
 三句「風早み」 「早み」は形容詞「早し」の語幹に「み」がついたミ語法で、風が激しいのでの意となる。
 四句「沖つみ浦に」 「沖つ」は沖のの意、「み」は美称の接頭語で、沖合の浦にの意である。
 結句「宿りするかも」 「かも」は詠嘆で、思いがけない所に宿りをすることだと結ぶ。本巻の第三千六百四十四首の結句と同じである。

うらみ:浦のめぐり
みうら:浦の美称
出典
万葉集
前の歌
我妹子は早も来ぬかと待つらむを 沖にや住まむ家つかずして
次の歌
我妹子がいかに思へかぬばたまの 一夜もおちず夢にし見ゆる