我妹子がいかに思へかぬばたまの
一夜もおちず夢にし見ゆる
- 歌の意味
-
いとしい妻は、どのように思っているからか、一夜も欠かさず夢に現れることだ。
- 鑑賞
-
巻第十五 遣新羅使人歌 3647
詞書は前の歌に続き「佐婆の海中にして、たちまちに逆風に遭ひ、漲ふ浪に漂流す。経宿して後に、幸ひに順風を得て、豊前国下毛郡の分間の浦に到着す。ここに艱難を追ひて怛み、悽惆して作る八首」
妻がどれほど自分を思っているからか、毎晩欠かさず夢に現れると詠んだ歌である。相手が自分を思うと、その人の夢に現れると信じられていたことを踏まえ、夢に見る妻の姿に妻の思いの深さを感じ取っている。下の句「ぬばたまの一夜もおちず夢にし見ゆる」は、本巻後半で配流の中臣宅守が詠んだ第三千七百三十八首の三句以下とほぼ同じであり、遠く離れた夫婦の思いを表す表現が巻の前後半に共有されている。
詞書によれば、周防国の佐婆の海で突然逆風に遭って漂流し、一夜を経て順風を得て豊前国下毛郡の分間の浦にたどり着いた一行が、その苦難を思い返して作った八首の一つである。佐婆の海は現在の山口県防府市の沖、分間の浦は大分県中津市付近とされる。八首のうち作者が記されるのは最初の一首のみで、本歌の作者の名は記されていない。
初句「我妹子が」 いとしい妻がの意である。
二句「いかに思へか」 「思へ」は已然形で、「か」は疑問の係助詞。どのように思うからかの意で、結びは連体形「見ゆる」となる。
三句「ぬばたまの」 ヒオウギの黒い実のことで、その黒さから「夜」にかかる枕詞である。
四句「一夜もおちず」 「おつ」は漏れる、欠ける意で、一夜も欠かさずの意である。
結句「夢にし見ゆる」 「夢」は「いめ」と読み、「し」は強意の副助詞。二句の「か」を受けて連体形で結んでいる。
いめ:夢
おつ:漏れる、欠ける
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
浦廻より漕ぎ来し船を風早み 沖つみ浦に宿りするかも
- 次の歌
-
海原の沖辺に灯し漁る火は 明かして灯せ大和島見む