- 歌の意味
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海原の沖に灯して漁をする火よ、もっと明るく灯してくれ。大和の陸地を見たいから。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3648
詞書は前の歌に続き「佐婆の海中にして、たちまちに逆風に遭ひ、漲ふ浪に漂流す。経宿して後に、幸ひに順風を得て、豊前国下毛郡の分間の浦に到着す。ここに艱難を追ひて怛み、悽惆して作る八首」
沖で漁をする漁り火に、もっと明るく灯してくれ、大和の地を見たいからと呼びかけた歌である。遠く離れた大和が漁り火の明かりで見えるはずはないが、それでも見たいと願う切ない望郷の思いが表されている。「大和島」は海上から大和の山々を島のように見ていう語で、本巻の第三千六百八首の左注に記された人麻呂の歌の結句「大和島見ゆ」と響き合っている。
詞書によれば、周防国の佐婆の海で突然逆風に遭って漂流し、一夜を経て順風を得て豊前国下毛郡の分間の浦にたどり着いた一行が、その苦難を思い返して作った八首の一つである。佐婆の海は現在の山口県防府市の沖、分間の浦は大分県中津市付近とされる。八首のうち作者が記されるのは最初の一首のみで、本歌の作者の名は記されていない。
初句「海原の」 広々とした海のの意である。
二句「沖辺に灯し」 沖のあたりに火を灯しての意で、夜の漁の火である。
三句「漁る火は」 「漁る」は魚をとる意で、漁り火のことである。ここで漁り火に呼びかけている。
四句「明かして灯せ」 明るく灯せと命じている。ここで切れる四句切れである。
結句「大和島見む」 「大和島」は海上から大和の地を島のように見ていう語、「む」は意志で、大和の地を見ようと結ぶ。
いざる:魚をとる、漁をする
やまとしま:海上から大和の地を島のように見ていう語
- 出典
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万葉集
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我妹子がいかに思へかぬばたまの 一夜もおちず夢にし見ゆる
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鴨じもの浮寝をすれば蜷の腸 か黒き髪に露ぞ置きにける