旅にあれど夜は火灯し居る我れを
闇にや妹が恋ひつつあるらむ
- 歌の意味
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旅の身ではあるが、夜は火を灯して過ごしている私なのに、妻は闇の中で私を恋い慕っているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3669
詞書は前の歌に続き「筑前国志麻郡の韓亭に到りて、船泊まりして三日を経。時に夜月の光、皎々として流照す。たちまちにこの華に対して旅情悽噎す。おのもおのも心緒を陳べて、いささかに裁る歌六首」
旅の身でも夜は火を灯して過ごしている自分に対し、家の妻は闇の中で自分を恋い慕っているのだろうかと思いやった歌である。灯火のある自分と闇の中の妻という明暗の対比によって、残された妻の寂しさを際立たせている。月光の照りわたる韓亭の夜に、遠い家の闇を思う心が表されている。左注に「右一首大判官」とある。
作者の壬生宇太麻呂は遣新羅使の大判官を務めた官人で、壬生使主宇太麻呂とも記される。
詞書によれば、筑前国志麻郡の韓亭に着いて三日間船を泊めていた時、夜の月の光が白々と照りわたり、その美しさに向かって旅の思いに胸がふさがり、それぞれが心を述べて作った六首の一つである。韓亭は現在の福岡市西区宮浦付近とされ、筑紫を離れて外洋へ向かう前の港であった。
初句「旅にあれど」 旅の身ではあるけれどもの意である。
二句「夜は火灯し」 夜は火を灯しての意で、旅先でも明かりのもとにいる自分の姿である。
三句「居る我れを」 「を」は逆接的な意を含み、火を灯して過ごしている私なのにの意である。
四句「闇にや妹が」 「や」は疑問の係助詞で、結びは連体形「らむ」となる。妻は闇の中でかの意である。
結句「恋ひつつあるらむ」 「らむ」は目の前にない現在の事柄の推量で、恋い慕い続けているのだろうかと結ぶ。八音の字余りである。
ひともす:火を灯す
- 作者
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壬生宇太麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大君の遠の朝廷と思へれど 日長くしあれば恋ひにけるかも
- 次の歌
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韓亭能許の浦波立たぬ日は あれども家に恋ひぬ日はなし