ぬばたまの夜渡る月にあらませば
家なる妹に逢ひて来ましを
- 歌の意味
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もし私が夜空を渡っていく月であったなら、家にいる妻に逢って来られるのになあ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3671
詞書は前の歌に続き「筑前国志麻郡の韓亭に到りて、船泊まりして三日を経。時に夜月の光、皎々として流照す。たちまちにこの華に対して旅情悽噎す。おのもおのも心緒を陳べて、いささかに裁る歌六首」
夜空を渡っていく月であったなら、家にいる妻に逢って来られるのにと、かなわぬ願いを詠んだ歌である。月は都の空にも同じように照っており、空を自在に渡る月への憧れに、妻に逢えない身のもどかしさが重ねられている。月の光の照りわたる韓亭の夜にふさわしい発想である。
詞書によれば、筑前国志麻郡の韓亭に着いて三日間船を泊めていた時、夜の月の光が白々と照りわたり、その美しさに向かって旅の思いに胸がふさがり、それぞれが心を述べて作った六首の一つである。韓亭は現在の福岡市西区宮浦付近とされ、筑紫を離れて外洋へ向かう前の港であった。本歌には左注がなく、作者の名は記されていない。
初句「ぬばたまの」 ヒオウギの黒い実のことで、その黒さから「夜」にかかる枕詞である。
二句「夜渡る月に」 夜空を渡っていく月にの意である。
三句「あらませば」 「ませ」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形で、結句の「まし」と呼応し、もし月であったならの意となる。
四句「家なる妹に」 「なる」は存在を表す助動詞「なり」の連体形で、家にいる妻にの意である。
結句「逢ひて来ましを」 「まし」は反実仮想、「を」は逆接を含む詠嘆で、逢って来られるのにと結ぶ。
ぬばたま:ヒオウギの黒い実、「夜」「黒」などにかかる枕詞
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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韓亭能許の浦波立たぬ日は あれども家に恋ひぬ日はなし
- 次の歌
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ひさかたの月は照りたり暇なく 海人の漁りは灯し合へり見ゆ