沖つ波高く立つ日にあへりきと
都の人は聞きてけむかも
- 歌の意味
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沖の波が高く立った日に、私たちが遭ったということを、都の人はもう聞いたであろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3675
詞書は前の歌に続き「引津の亭に船泊まりして作る歌七首」
沖の波が高く立った日に遭難しかけたことを、都の人はもう聞いただろうかと思いやった歌である。佐婆の海で逆風に遭って漂流した苦難を指すと考えられ、その知らせが家族に届いて心配をかけているのではないかという思いがうかがえる。遠く離れた都と旅先とを結ぶのは、うわさや知らせだけであるという隔たりの意識が表されている。
作者の壬生宇太麻呂は遣新羅使の大判官を務めた官人で、壬生使主宇太麻呂とも記される。左注に「右二首大判官」とあり、引津の亭での最初の二首が大判官の作とされる。
詞書によれば、引津の亭に船を泊めて作った七首の一つである。引津は筑前国志麻郡の港で、現在の福岡県糸島市志摩の引津湾付近とされる。
初句「沖つ波」 沖の波で、外洋の荒波を指す。
二句「高く立つ日に」 波が高く立った日にの意で、佐婆の海での遭難を指すと考えられる。
三句「あへりきと」 「あふ」は出会う、遭う意、「り」は存続、「き」は過去で、遭ったということをの意である。
四句「都の人は」 都にいる人々、特に家族を指す。
結句「聞きてけむかも」 「て」は完了、「けむ」は過去の推量、「かも」は疑問を含む詠嘆で、もう聞いたであろうかと結ぶ。
あふ:出会う、遭う
- 作者
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壬生宇太麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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草枕旅を苦しみ恋ひ居れば 可也の山辺にさを鹿鳴くも
- 次の歌
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天飛ぶや雁を使に得てしかも 奈良の都に言告げ遣らむ