足日女御船泊てけむ松浦の海
妹が待つべき月は経につつ
- 歌の意味
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足日女の御船が泊まったという松浦の海で、妻が私の帰りを待っているはずの月は、むなしく過ぎていきながら。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3685
詞書は前の歌に続き「肥前国松浦郡の狛島の亭に船泊まりする夜に、遥かに海浪を望みて、おのもおのも旅の心を慟みて作る歌七首」
足日女の御船が泊まったという松浦の海で、妻が自分を待っているはずの月がむなしく過ぎていくと嘆いた歌である。足日女は神功皇后のことで、新羅に渡ったという伝説が松浦の地に伝わっており、同じく新羅へ向かう一行にとって由緒ある地であった。松浦の「松」に「待つ」を響かせ、伝説の地の名から待つ妻へと思いを移している。結句は本巻の第三千六百六十三首と同じである。
詞書によれば、肥前国松浦郡の狛島の亭に船を泊めた夜に、遥かに海の波を望み、それぞれが旅の悲しみを述べて作った七首の一つである。狛島は現在の佐賀県唐津市の神集島とされ、壱岐へ渡る前の港であった。本歌には左注がなく、作者の名は記されていない。
初句「足日女」 息長足日女命、すなわち神功皇后のことで、新羅に渡ったという伝説で知られる。
二句「御船泊てけむ」 「泊つ」は船が港に着いて停泊する意、「けむ」は過去の伝聞推量で、御船が泊まったというの意である。
三句「松浦の海」 肥前国松浦郡の海で、「松」の音が四句の「待つ」を響かせている。六音の字余りである。
四句「妹が待つべき」 「べき」は当然の意で、妻が待っているはずのの意である。
結句「月は経につつ」 月はどんどん過ぎていきながらの意で、本巻の第三千六百六十三首と同じ結句である。言いさしの形で嘆きの余韻を残している。
たらしひめ:息長足日女命、神功皇后
はつ:船が港に着いて停泊する
ふ:経る、時が過ぎる
- 出典
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万葉集
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秋の夜を長みにかあらむなぞここば 寐の寝らえぬもひとり寝ればか
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旅なれば思ひ絶えてもありつれど 家にある妹し思ひ悲しも