竹敷の浦廻の黄葉我れ行きて
帰り来るまで散りこすなゆめ
- 歌の意味
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竹敷の浦のあたりの黄葉よ、私が新羅へ行って帰って来るまで、決して散らないでおくれ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3702
詞書は前の歌に続き「竹敷の浦に船泊まりする時に、おのもおのも心緒を陳べて作る歌十八首」
竹敷の浦の黄葉に、自分が新羅へ行って帰って来るまで決して散るなと呼びかけた歌である。美しい黄葉を帰途にもう一度見たいという願いに、無事に帰りたいという祈りが重ねられている。黄葉を惜しむ気持ちは前歌までと同じだが、本歌は新羅からの帰還を見据えた呼びかけとなっている。左注に「右一首大判官」とある。
作者の壬生宇太麻呂は遣新羅使の大判官を務めた官人で、壬生使主宇太麻呂とも記される。
詞書によれば、竹敷の浦に船を泊めた時に、それぞれが心のうちを述べて作った十八首の一つである。竹敷の浦は対馬の浅茅湾内の浦で、現在の長崎県対馬市美津島町竹敷とされる。一連の前半には大使、副使、大判官、少判官と対馬の娘子の歌が並び、宴の席での作と考えられている。
初句「竹敷の」 対馬の竹敷の浦である。
二句「浦廻の黄葉」 「浦廻」は浦のめぐりのことで、浦のあたりの黄葉に呼びかけている。
三句「我れ行きて」 私が新羅へ行っての意である。
四句「帰り来るまで」 帰って来るまでの意で、帰途にもう一度ここを通ることを前提としている。
結句「散りこすなゆめ」 「こす」は〜してくれる意、「な」は禁止、「ゆめ」は決しての意で、決して散らないでくれと強く願って結ぶ。
うらみ:浦のめぐり
もみち:秋に色づいた木の葉
- 作者
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壬生宇太麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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竹敷の黄葉を見れば我妹子が 待たむと言ひし時ぞ来にける
- 次の歌
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竹敷の宇敝可多山は紅の 八しほの色になりにけるかも