竹敷の宇敝可多山は紅の
八しほの色になりにけるかも
- 歌の意味
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竹敷の宇敝可多山は、紅で幾度も染め重ねた深い色になったことだ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3703
詞書は前の歌に続き「竹敷の浦に船泊まりする時に、おのもおのも心緒を陳べて作る歌十八首」
竹敷の宇敝可多山の紅葉を、紅で幾度も染め重ねた深い色になったとたたえた歌である。染色の技法にたとえることで、紅葉の色の深さと鮮やかさを印象的に描いている。左注に「右一首小判官」とあり、大使から少判官まで使節の主だった者の歌が順に並べられている。宇敝可多山の所在は明らかでない。
作者の大蔵麻呂は遣新羅使の少判官を務めた官人であるが、それ以上の伝は詳らかでない。
詞書によれば、竹敷の浦に船を泊めた時に、それぞれが心のうちを述べて作った十八首の一つである。竹敷の浦は対馬の浅茅湾内の浦で、現在の長崎県対馬市美津島町竹敷とされる。一連の前半には大使、副使、大判官、少判官と対馬の娘子の歌が並び、宴の席での作と考えられている。
初句「竹敷の」 対馬の竹敷の浦である。
二句「宇敝可多山は」 竹敷の浦の近くの山とされるが、所在は明らかでない。
三句「紅の」 「紅」は紅花で染めた鮮やかな赤のことである。
四句「八しほの色に」 「八しほ」は幾度も染め汁に浸して染めることで、深く濃い色をいう。
結句「なりにけるかも」 「に」は完了、「けるかも」は詠嘆で、そういう色になったことだと結ぶ。
くれなゐ:紅花で染めた鮮やかな赤
やしほ:幾度も染め汁に浸して染めること
- 作者
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大蔵麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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竹敷の浦廻の黄葉我れ行きて 帰り来るまで散りこすなゆめ
- 次の歌
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黄葉の散らふ山辺ゆ漕ぐ船の にほひにめでて出でて来にけり