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物思ふと人には見えじ下紐の
下ゆ恋ふるに月ぞ経にける

歌の意味
物思いにふけっていると人には見られまいと、下紐のように人目につかぬ心の内で恋い慕っているうちに、月日が過ぎてしまった。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3708

詞書は前の歌に続き「竹敷の浦に船泊まりする時に、おのもおのも心緒を陳べて作る歌十八首」
 物思いをしていると人に見られまいと、心の内に恋しさを秘めているうちに、月日が過ぎてしまったと詠んだ歌である。使節の長として部下の前で望郷の思いを表に出すまいとする大使の立場が、人目を忍ぶ恋のことばで表されている。ひそかに抱き続けた思いの長さが、結句の「月ぞ経にける」に込められている。左注に「右一首大使」とある。
 作者の阿倍継麻呂は遣新羅使の大使で、天平八年に任じられた。新羅からの帰途、翌天平九年に対馬で没した。
 詞書によれば、竹敷の浦に船を泊めた時に、それぞれが心のうちを述べて作った十八首の一つである。竹敷の浦は対馬の浅茅湾内の浦で、現在の長崎県対馬市美津島町竹敷とされる。一連の前半には大使、副使、大判官、少判官と対馬の娘子の歌が並び、宴の席での作と考えられている。

 初句「物思ふと」 物思いにふけっているとの意である。
 二句「人には見えじ」 「じ」は打消の意志で、人には見られまいの意。ここで切れる二句切れである。
 三句「下紐の」 「下紐」は下着の紐で、人目につかないことから四句の「下」を導いている。
 四句「下ゆ恋ふるに」 「下」は心の内、「ゆ」は経由を表し、心の内で恋い慕っているうちにの意である。
 結句「月ぞ経にける」 「ぞ」は係助詞で、結びは連体形「ける」となる係り結びである。月日が過ぎてしまったと結ぶ。

したびも:下着の紐
した:心の内
ふ:経る、時が過ぎる
作者
阿倍継麻呂
出典
万葉集
前の歌
秋山の黄葉をかざし我が居れば 浦潮満ち来いまだ飽かなくに
次の歌
家づとに貝を拾ふと沖辺より 寄せ来る波に衣手濡れぬ