潮干なばまたも我れ来むいざ行かむ
沖つ潮騒高く立ち来ぬ
- 歌の意味
-
潮が引いたら、また私はここに来よう。さあ行こう。沖の潮騒が高く立ってきた。
- 鑑賞
-
巻第十五 遣新羅使人歌 3710
詞書は前の歌に続き「竹敷の浦に船泊まりする時に、おのもおのも心緒を陳べて作る歌十八首」
潮が引いたらまた来よう、さあ帰ろう、沖の潮騒が高く立ってきたと詠んだ歌である。前歌で貝を拾っていた浜辺から、満ちてくる潮に追われて引き上げるさまが描かれている。名残を惜しみつつも海の変化に従う、旅の日常のひとこまがとらえられている。
詞書によれば、竹敷の浦に船を泊めた時に、それぞれが心のうちを述べて作った十八首の一つである。竹敷の浦は対馬の浅茅湾内の浦で、現在の長崎県対馬市美津島町竹敷とされる。一連の後半の九首には左注がなく、本歌の作者の名は記されていない。
初句「潮干なば」 「な」は完了の「ぬ」の未然形で、潮が引いたならばの意である。
二句「またも我れ来む」 「む」は意志の助動詞で、また私は来ようの意。ここで切れる二句切れである。
三句「いざ行かむ」 「いざ」は人を誘う語で、さあ行こうの意。ここでも切れ、短い句を重ねて立ち去る動きを表している。
四句「沖つ潮騒」 「潮騒」は潮が満ちるときの波の音、潮のざわめきのことである。
結句「高く立ち来ぬ」 「ぬ」は完了で、高く立ってきたの意。立ち去る理由を最後に示している。
しほさゐ:潮が満ちるときの波の音、潮のざわめき
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
家づとに貝を拾ふと沖辺より 寄せ来る波に衣手濡れぬ
- 次の歌
-
我が袖は手本通りて濡れぬとも 恋忘れ貝取らずは行かじ