天雲のたゆたひ来れば九月の
黄葉の山もうつろひにけり
- 歌の意味
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空の雲のように、行きつ戻りつ漂いながらここまでやって来たので、九月の黄葉の山も、もう色あせてしまった。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3716
詞書は前の歌に続き「竹敷の浦に船泊まりする時に、おのもおのも心緒を陳べて作る歌十八首」
空の雲のように行きつ戻りつしながら旅を続けてきたので、九月の黄葉の山も色あせてしまったと詠んだ歌である。風待ちを重ね、思うように進めない旅のさまを、空を漂う雲にたとえている。旅の停滞と季節の移ろいとが重ねられ、むなしく過ぎた時の長さが表されている。
詞書によれば、竹敷の浦に船を泊めた時に、それぞれが心のうちを述べて作った十八首の一つである。竹敷の浦は対馬の浅茅湾内の浦で、現在の長崎県対馬市美津島町竹敷とされる。一連の後半の九首には左注がなく、本歌の作者の名は記されていない。
初句「天雲の」 空の雲のことで、漂い定まらないものとして二句の「たゆたひ」を導いている。
二句「たゆたひ来れば」 「たゆたふ」は漂う、ためらう意で、行きつ戻りつしながら来たのでの意である。
三句「九月の」 「九月」は「ながつき」と読み、陰暦の九月で晩秋にあたる。
四句「黄葉の山も」 黄葉に色づいた山もの意である。
結句「うつろひにけり」 「うつろふ」は色があせる、移り変わる意、「にけり」は完了と詠嘆で、色あせてしまったと結ぶ。
たゆたふ:漂う、ためらう
ながつき:陰暦の九月
うつろふ:色があせる、移り変わる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ひとりのみ着寝る衣の紐解かば 誰れかも結はむ家遠くして
- 次の歌
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旅にても喪なく早来と我妹子が 結びし紐はなれにけるかも