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大伴の御津の泊りに船泊てて
竜田の山をいつか越え行かむ

歌の意味
大伴の御津の港に船を着けて、竜田の山を、いつ越えて行けるのだろうか。
鑑賞
巻第十五 遣新羅使人歌 3722

詞書は前の歌に続き「筑紫に廻り来て、海路にて京に入らむとし、播磨国の家島に到る時に作る歌五首」
 大伴の御津の港に船を着けて、都への道の竜田の山を早く越えて行きたいと詠んだ歌である。船旅の終わりの港から、都へ向かう陸路の山越えへと思いが先走っており、帰京を待ちわびる心が表されている。遣新羅使人の歌群の最後の一首で、出発に臨んだ本巻の第三千五百九十三首の初句「大伴の御津」と同じことばで結ばれ、歌群全体が大伴の御津に始まり大伴の御津に終わる構成となっている。
 詞書によれば、新羅からの帰途、筑紫を回って海路で都に入ろうとし、播磨国の家島に着いた時に作った五首の一つである。家島は現在の兵庫県姫路市の家島諸島である。一行は年を越して天平九年に帰京したが、大使阿倍継麻呂は帰途の対馬で没し、副使大伴三中も病のため帰京が遅れた。本歌の作者の名は記されていない。

 初句「大伴の」 難波一帯は古く大伴氏の勢力が及んだ地で、御津に冠せられる地名である。本巻の第三千五百九十三首の初句と同じである。
 二句「御津の泊りに」 「泊り」は船の泊まる港で、難波の御津の港を指す。出航の地に帰り着いたことになる。
 三句「船泊てて」 「泊つ」は船が港に着いて停泊する意で、船旅の終わりを示す。
 四句「竜田の山を」 大和と河内の境の山で、難波から平城京へ向かう道が越えていく。
 結句「いつか越え行かむ」 「か」は疑問の係助詞で、結びは連体形「む」となる。いつ越えて行けるだろうかと、帰京を待ちわびる心で結ぶ。

みつ:御津、難波の港
とまり:船の泊まる港
はつ:船が港に着いて停泊する
出典
万葉集
前の歌
ぬばたまの夜明かしも船は漕ぎ行かな 御津の浜松待ち恋ひぬらむ
次の歌
あしひきの山道越えむとする君を 心に持ちて安けくもなし