あをによし奈良の大道は行きよけど
この山道は行き悪しかりけり
- 歌の意味
-
奈良の大路は歩きやすいけれども、この山道は、なんと行きにくいことだ。
- 鑑賞
-
巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3728
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
都の大路は歩きやすいが、この山道は行きにくいと詠んだ歌である。整った都の大路と険しい山道の対比によって、都を離れて配流の地へ向かう身のつらさが表されている。道の行きにくさは、次歌で妻を思うために足が進まないのだと明かされ、二首で一組となっている。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右四首中臣朝臣宅守上道作歌」とあり、本巻の第三千七百二十七首から第三千七百三十首までの四首は、配流の地へ向かう道中で宅守が作った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「あをによし」 「奈良」にかかる枕詞である。
二句「奈良の大道は」 「大道」は大通り、大路のことで、平城京の整った大路を指す。
三句「行きよけど」 「よけ」は形容詞「よし」の已然形の古い形とされ、逆接の「ど」により、行きやすいけれどもと下へ転じる。
四句「この山道は」 越前へ向かう道中の険しい山道である。
結句「行き悪しかりけり」 行きにくいことだの意で、「けり」は今気づいた詠嘆を表す。三句の「行きよけど」と対をなしている。
おほぢ:大通り、大路
- 作者
-
中臣宅守
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
塵泥の数にもあらぬ我れゆゑに 思ひわぶらむ妹がかなしさ
- 次の歌
-
愛しと我が思ふ妹を思ひつつ 行けばかもとな行き悪しかるらむ