愛しと我が思ふ妹を思ひつつ
行けばかもとな行き悪しかるらむ
- 歌の意味
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いとしいと私が思う妻のことを思いながら行くからだろうか、わけもなく、道がこれほど行きにくいのは。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3729
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
いとしい妻を思いながら行くから、道がこれほど行きにくいのだろうかと詠んだ歌である。前歌で山道の険しさとした行きにくさを、妻への思いゆえと言い直し、心が都に引かれて足が進まないさまを表している。上の句「愛しと我が思ふ妹を」は、本巻の第三千七百五十五首にも用いられている。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右四首中臣朝臣宅守上道作歌」とあり、本巻の第三千七百二十七首から第三千七百三十首までの四首は、配流の地へ向かう道中で宅守が作った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「愛しと」 「愛し」は「うるはし」と読み、いとしい、心ひかれる意である。
二句「我が思ふ妹を」 私が思う妻をの意で、本巻の第三千七百五十五首の二句と同じである。
三句「思ひつつ」 思い続けながらの意である。
四句「行けばかもとな」 「か」は疑問の係助詞で結びは連体形「らむ」となる。「もとな」はわけもなく、むやみにの意である。
結句「行き悪しかるらむ」 「らむ」は現在の事柄の原因を推量する助動詞で、行きにくいのだろうかと結ぶ。前歌第三千七百二十八首の結句「行き悪しかりけり」を受けている。
いも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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中臣宅守
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あをによし奈良の大道は行きよけど この山道は行き悪しかりけり
- 次の歌
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畏みと告らずありしをみ越道の 手向けに立ちて妹が名告りつ