かくばかり恋ひむとかねて知らませば
妹をば見ずぞあるべくありける
- 歌の意味
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これほどまでに恋い慕うことになると、前もって知っていたならば、妻に逢わずにいるべきであったのだ。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3739
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
これほど恋い慕うことになると前もって知っていたなら、妻に逢わずにいればよかったと詠んだ歌である。逢ったことを悔やむというかたちで、恋の苦しみの深さを逆説的に表している。配流の原因が娘子との結婚にあったことを思えば、その悔いにはいっそう複雑な響きがある。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右十四首中臣朝臣宅守」とあり、本巻の第三千七百三十一首から第三千七百四十四首までの十四首は、配流の地にあって宅守が娘子に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「かくばかり」 これほどまでにの意である。
二句「恋ひむとかねて」 「む」は推量、「かねて」は前もっての意で、恋い慕うことになるだろうと前もっての意である。
三句「知らませば」 「ませ」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形で、知っていたならばの意となる。
四句「妹をば見ずぞ」 「見る」は逢う意、「ぞ」は係助詞で、結びは連体形「ける」となる。妻に逢わずにの意である。
結句「あるべくありける」 「べく」は当然を表し、いるべきであったことだと、四句の「ぞ」を受けて結ぶ。
いも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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中臣宅守
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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思ひつつ寝ればかもとなぬばたまの 一夜もおちず夢にし見ゆる
- 次の歌
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天地の神なきものにあらばこそ 我が思ふ妹に逢はず死にせめ