人の植うる田は植ゑまさず今さらに
国別れして我れはいかにせむ
- 歌の意味
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世の人が植えるように田を植えて共に暮らすこともなく、今さら国を隔てて別れ別れになって、私はどうしたらよいのでしょう。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3746
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
世の人が田を植えて暮らすような平穏な夫婦の生活を送ることもないまま、今さら国を隔てて別れ別れになってどうしたらよいのかと嘆いた歌である。ありふれた暮らしさえ共にできなかった二人の境遇が、田植えという日常の営みとの対比によって浮かび上がる。配流によって引き裂かれた夫婦の悲しみが表されている。
作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
左注に「右九首娘子」とあり、本巻の第三千七百四十五首から第三千七百五十三首までの九首は、宅守の歌に答えて娘子が贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「人の植うる」 世の人が植えるの意で、六音の字余りである。
二句「田は植ゑまさず」 「ます」は尊敬の補助動詞で、あなたは田を植えることもなさらずの意。人並みの暮らしを共にできなかったことをいう。
三句「今さらに」 今となってはの意である。
四句「国別れして」 「国別れ」は国を隔てて別れ別れになることで、都と越前とに引き裂かれたことを指す。
結句「我れはいかにせむ」 「む」は推量で、私はどうしたらよいのでしょうと結ぶ。
くにわかれ:国を隔てて別れ別れになること
- 作者
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狭野弟上娘子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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命あらば逢ふこともあらむ我がゆゑに はだな思ひそ命だに経ば
- 次の歌
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我が宿の松の葉見つつ我れ待たむ 早帰りませ恋ひ死なぬとに