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春の日のうら悲しきに後れ居て
君に恋ひつつうつしけめやも

歌の意味
春の日の、なんとなくもの悲しい頃に、ひとり取り残されて、あなたを恋い慕いながら、正気でいられるでしょうか。
鑑賞
巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3752

詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
 春の日のもの悲しい頃に取り残されて、あなたを恋い慕いながら正気でいられようかと詠んだ歌である。のどかな春の日がかえって心を沈ませるという感覚が、残された者の孤独を際立たせている。宅守の配流は春の頃であったと考えられ、季節の情趣と別れの悲しみとが重ねられている。
 作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
 左注に「右九首娘子」とあり、本巻の第三千七百四十五首から第三千七百五十三首までの九首は、宅守の歌に答えて娘子が贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。

 初句「春の日の」 春の日のの意で、季節の情趣を示す。
 二句「うら悲しきに」 「うら」は心の意で、なんとなく心悲しい時にの意である。
 三句「後れ居て」 「後る」は後に残される意で、取り残されていての意である。
 四句「君に恋ひつつ」 あなたを恋い慕いながらの意である。
 結句「うつしけめやも」 「うつし」は正気である意の形容詞で、「けめ」はその古い已然形とされ、「やも」は反語である。正気でいられようか、いやいられないと結ぶ。

うら:心、内心
おくる:後に残される
作者
狭野弟上娘子
出典
万葉集
前の歌
白栲の我が下衣失はず 持てれ我が背子直に逢ふまでに
次の歌
逢はむ日の形見にせよとたわや女の 思ひ乱れて縫へる衣ぞ