逢はむ日の形見にせよとたわや女の
思ひ乱れて縫へる衣ぞ
- 歌の意味
-
また逢う日までの形見にしてくださいと、か弱い女の私が、思い乱れながら縫った衣ですよ。
- 鑑賞
-
巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3753
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
また逢う日までの形見にしてほしいと、思い乱れながら縫った衣だと、娘子が衣を贈る際に詠んだ歌である。乱れる心を抱えながら一針一針縫い上げた衣に、自分の思いのすべてを託している。宅守が詠んだ本巻の第三千七百三十三首「我妹子が形見の衣なかりせば」は、この形見の衣を支えとして配流の日々を生きる思いを詠んでおり、二首は贈る者と受け取る者として呼応している。娘子の九首はこの歌で結ばれる。
作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
左注に「右九首娘子」とあり、本巻の第三千七百四十五首から第三千七百五十三首までの九首は、宅守の歌に答えて娘子が贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「逢はむ日の」 また逢うであろう日のの意である。
二句「形見にせよと」 「形見」は離れた人をしのぶよすがとなるもので、形見にしてくださいの意である。
三句「たわや女の」 「たわや女」はしなやかでか弱い女性のことで、娘子自身を指す。
四句「思ひ乱れて」 思い乱れながらの意で、別れの悲しみに心が乱れるさまである。
結句「縫へる衣ぞ」 「る」は存続の助動詞「り」の連体形、「ぞ」は強く念を押す終助詞で、縫った衣ですよと結ぶ。
かたみ:離れた人をしのぶよすがとなるもの
たわやめ:しなやかでか弱い女性
- 作者
-
狭野弟上娘子
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
春の日のうら悲しきに後れ居て 君に恋ひつつうつしけめやも
- 次の歌
-
過所なしに関飛び越ゆる霍公鳥 多我子尓毛止まず通はむ