我妹子に逢坂山を越えて来て
泣きつつ居れど逢ふよしもなし
- 歌の意味
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いとしい妻に逢うという名をもつ逢坂山を越えて来て、泣いてばかりいるけれども、逢う手立てもない。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3762
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
妻に逢うという名をもつ逢坂山を越えて来たのに、泣いてばかりいても逢う手立てがないと嘆いた歌である。「逢坂」という地名に「逢ふ」を響かせ、名とは裏腹に逢えない現実の皮肉を表している。逢坂山は山城と近江の境の山で、越前への道で越えた山である。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右十三首中臣朝臣宅守」とあり、本巻の第三千七百五十四首から第三千七百六十六首までの十三首は、宅守が配流の地から娘子に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「我妹子に」 いとしい妻にの意で、「逢ふ」の意から二句の「逢坂」を導く序となっている。
二句「逢坂山を」 山城と近江の境の山で、名に「逢ふ」を含んでいる。
三句「越えて来て」 越前への道で逢坂山を越えて来ての意である。
四句「泣きつつ居れど」 泣いてばかりいるけれどもの意で、逆接で下へ転じる。
結句「逢ふよしもなし」 「よし」は手段のことで、逢う手立てもないと結ぶ。二句の「逢坂」との対比が皮肉に響いている。
あふさかやま:山城と近江の境の山、名に「逢ふ」を含む
よし:手段、方法
- 作者
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中臣宅守
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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世の中の常のことわりかくさまに なり来にけらしすゑし種から
- 次の歌
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旅と言へば言にぞやすきすべもなく 苦しき旅も言にまさめやも