古典和歌stream

魂は朝夕にたまふれど
我が胸痛し恋の繁きに

歌の意味
あなたの魂は朝に夕に私に通い寄り添ってくれるけれども、私の胸は痛む。恋しさがしきりにつのるので。
鑑賞
巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3767

詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
 あなたの魂は朝夕に寄り添ってくれるけれども、恋しさがつのって胸が痛むと詠んだ歌である。三句「たまふれど」は、魂が触れ合う意とする説や、魂をいただく意とする説などがあり、解釈が定まらない。いずれにしても、魂の通い合いだけでは満たされず、じかに逢えない苦しみに胸を痛める心が表されている。
 作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
 左注に「右八首娘子」とあり、本巻の第三千七百六十七首から第三千七百七十四首までの八首は、娘子が宅守に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。

 初句「魂は」 宅守の魂を指すと考えられる。
 二句「朝夕に」 朝に夕にの意で、絶えずということである。
 三句「たまふれど」 魂が触れ合う意とする説や、魂をいただく意とする説などがあり、解釈が定まらない。逆接の「ど」で下へ転じる。
 四句「我が胸痛し」 私の胸が痛いの意で、ここで切れる四句切れである。
 結句「恋の繁きに」 「繁し」はしきりである意で、恋しさがしきりにつのるのでと、胸の痛む理由を倒置によって最後に示している。

たましひ:魂
たまふる:魂が触れ合う意、また魂をいただく意とも
作者
狭野弟上娘子
出典
万葉集
前の歌
愛しと思ひし思はば下紐に 結ひつけ持ちてやまず偲はせ
次の歌
このころは君を思ふとすべもなき 恋のみしつつ音のみしぞ泣く