このころは君を思ふとすべもなき
恋のみしつつ音のみしぞ泣く
- 歌の意味
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このごろは、あなたを思うあまり、どうしようもない恋ばかりして、声をあげて泣いてばかりいる。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3768
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
このごろはあなたを思うあまり、どうしようもない恋ばかりして、声をあげて泣いてばかりいると詠んだ歌である。「恋のみ」「音のみ」と「のみ」を重ね、ほかに何もできずに恋と涙だけの日々を送るさまを表している。宅守も本巻の第三千七百三十二首で「音のみし泣かゆ」と詠んでおり、離れた二人が同じように泣き暮らしていることが歌の並びから浮かび上がる。結句は本巻の第三千七百七十七首の結句と同じである。
作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
左注に「右八首娘子」とあり、本巻の第三千七百六十七首から第三千七百七十四首までの八首は、娘子が宅守に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「このころは」 このごろはの意である。
二句「君を思ふと」 あなたを思うとての意で、思うあまりということである。
三句「すべもなき」 どうしようもないの意で、四句の「恋」を修飾する。
四句「恋のみしつつ」 「のみ」はばかり、「し」はする意の動詞で、恋ばかりしながらの意である。
結句「音のみしぞ泣く」 「音」は泣く声、「し」は強意、「ぞ」は係助詞で、結びは連体形「泣く」となる係り結びである。声をあげて泣いてばかりいると結ぶ。
ね:泣く声
すべ:方法、手段
- 作者
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狭野弟上娘子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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魂は朝夕にたまふれど 我が胸痛し恋の繁きに
- 次の歌
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ぬばたまの夜見し君を明くる朝 逢はずまにして今ぞ悔しき