宮人の安寐も寝ずて今日今日と
待つらむものを見えぬ君かも
- 歌の意味
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宮仕えの人々が、安らかに眠ることもせず、今日か今日かと待っているであろうのに、姿を見せないあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3771
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
宮仕えの人々が安らかに眠ることもせず、今日か今日かと待っているのに、姿を見せないあなたであることよと詠んだ歌である。赦されて帰る人のうわさを聞き、宅守の帰りを待ちわびる心が表されている。「宮人」には、宮中に仕える娘子自身の姿も重ねられていると考えられる。「安寐も寝ずて」は、巻の前半の遣新羅使人の歌である本巻の第三千六百三十三首にも見える句である。
作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
左注に「右八首娘子」とあり、本巻の第三千七百六十七首から第三千七百七十四首までの八首は、娘子が宅守に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「宮人の」 「宮人」は宮中に仕える人のことで、娘子自身を含めていると考えられる。
二句「安寐も寝ずて」 「安寐」は安らかな眠りのことで、安らかに眠ることもしないでの意である。本巻の第三千六百三十三首にも同じ句がある。
三句「今日今日と」 今日か今日かとの意で、待ちわびる心を表す。
四句「待つらむものを」 「らむ」は推量、「ものを」は逆接で、待っているであろうのにの意である。
結句「見えぬ君かも」 「かも」は詠嘆で、姿を見せないあなたであることよと結ぶ。
みやひと:宮中に仕える人
やすい:安らかな眠り
- 作者
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狭野弟上娘子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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味真野に宿れる君が帰り来む 時の迎へをいつとか待たむ
- 次の歌
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帰りける人来れりと言ひしかば ほとほと死にき君かと思ひて